伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(四・下) - 翻刻

藩翰譜(四・下) - ページ 11

ページ: 11

翻刻

【右丁】 人々我をうらむへからすたゝし忠次かいふ所にくしと思はん 人々はとゝめもやしたまふへき といへはきく所尤理あり 去なから此城攻やふらんといふ条は思ひもよらすとみな 一同にいひけれは何条攻やふつてくれんものをと満座の 輩にいとま乞して岡崎にまいりやがて御前に召され 城中の事とも尋給ふに忠次畏て此城をおとし得給はん 事思ひもよらすこもれる所の兵年頃御内にして名を得 たる士凡八百人御方に残りとゝまつたる御家人等は身をも 命をも顧すと見及て候ひつれは下﨟等は皆彼宗の門 徒されは御方よりはなつ所の鉄炮に鉛弾みてたるは候はす 【左丁】 されは御敵に手負も死人も多からすと申徳川殿大きに 驚かせ給ひさらは汝はいかにや思ふと仰下さる忠次佐崎 の案内はよく 存しぬ 一定攻破つて参らせなん酒井 左衛門尉か手の軍兵を某か下知にまかせらるべうことや候 彼一手の者か放つ鉄炮は委く 鉛弾をみてゝ候程に御敵 も畏れ訖ぬと申けれは忠次か望にまかせらる忠次大に 悦ひ夜に入て後城中に忍ひ入案内はよく知たり城中より 外にむかひて流れおつる溝に 樋伏せたるか梯のごとくなる を踏てのほる程に思ふさまに勢とも 外城に入第二の城に 火をかけてすてに本城に攻入らんとする所に本多新三郎