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【右丁】
人々我をうらむへからすたゝし忠次かいふ所にくしと思はん
人々はとゝめもやしたまふへき といへはきく所尤理あり
去なから此城攻やふらんといふ条は思ひもよらすとみな
一同にいひけれは何条攻やふつてくれんものをと満座の
輩にいとま乞して岡崎にまいりやがて御前に召され
城中の事とも尋給ふに忠次畏て此城をおとし得給はん
事思ひもよらすこもれる所の兵年頃御内にして名を得
たる士凡八百人御方に残りとゝまつたる御家人等は身をも
命をも顧すと見及て候ひつれは下﨟等は皆彼宗の門
徒されは御方よりはなつ所の鉄炮に鉛弾みてたるは候はす
【左丁】
されは御敵に手負も死人も多からすと申徳川殿大きに
驚かせ給ひさらは汝はいかにや思ふと仰下さる忠次佐崎
の案内はよく 存しぬ 一定攻破つて参らせなん酒井
左衛門尉か手の軍兵を某か下知にまかせらるべうことや候
彼一手の者か放つ鉄炮は委く 鉛弾をみてゝ候程に御敵
も畏れ訖ぬと申けれは忠次か望にまかせらる忠次大に
悦ひ夜に入て後城中に忍ひ入案内はよく知たり城中より
外にむかひて流れおつる溝に 樋伏せたるか梯のごとくなる
を踏てのほる程に思ふさまに勢とも 外城に入第二の城に
火をかけてすてに本城に攻入らんとする所に本多新三郎