翻刻
【右丁】
《割書:なし天正三年五月六日の戦ひは吉田|城外はじかみか原にての事なり》また天正三年八月遠江国小山
の城を攻られしに武田四郎二万余騎を引率しうしろまきす
と聞へしかは引返させ給ところに城中よりもうつて出ッ一西
酒井左衛門尉忠次大津土左衛門とおなしくとつてかゑし追ひ
来る敵をうちやふるそのゝち天正十八年小田原の城を攻
られしに一西して御手の人々の軍するやうを見せられたり
《割書:諸手はたらき|目付といひし也》ことし関東に移り給ひしかは武蔵国鯨井の地を給る
《割書:五千|石》慶長五年東西一時に軍起し時中納言殿に属ひまいらせ
て山道より駈上る信濃国に至り給ひ真田安房守昌幸か
籠つたる上田の城せめうせめじの評定あり本多佐渡守正信
【左丁】
只うちすてゝ御通あれとすゝめまいらすれは宗徒の人々正信の
はからひにこそよるへけれとて又申すむねもなし一西一人進み出て
某か存する所すみやかにせめられんにはしくへからす殿の御軍は
今そ始なる御年もさかりになり給ぬ道のほとりに出向つ
て御勢遮らんするかたきをは 一々打やふつて御通あらん
すらんとこそ大殿にも おほしめすへけれそれに只すこ〳〵と
通らせ給はんもあまり穏便にも覚へて候と申佐渡守正信
大にいかつて只正信に まかせらるへしとて 御供して上りしに
関ヶ原の戦ひ事終りぬ一西か申せしにたかわす上田を
せめさせ給はぬと 大御所の御気色よろしからす此時に