翻刻
【右丁】
親成はしめ寛永十年八月九日御歩行衆の頭と成て同九?年
三月十五日御書院の頭にうつり昵近して事を執る《割書:御側衆|出頭人》
《割書:衆といふ番頭たりといふ|事つまひらかならす》父卒して家をつき右大臣家御代
つかせたまひても昵近もとのことく永応【承応の誤ヵ】元年正月
十一日御鷹の事を掌る 同き三年八月京職に補せら
れ此月廿六日侍五十騎足軽の兵百人をつけられ所領
加へ賜ふ《割書:三万二千石|を 領す》明暦元年二月四日四位侍従となされ
職に有事凡拾五年寛文八年五月十六日職ゆるされ
同廿三日丹波【後の誤ヵ】国田辺の城を賜ふ《割書:三万五|千石》延宝元年九月廿九日
致仕同き五年九月廿三日卒《割書:ス》七十一歳舎弟因幡守富成
【左丁】
をもつてよつぎとす因幡守富成内匠頭信成か六男兄
親成かゆつりをうく