翻刻
【右丁】
《割書:城におち来り又徳川殿にやふられてまた相模国におちたまふ徳川殿むかしの|よしみを思しめされいかにもしてふたゝひ駿河国に帰しいれらるべきよしを》
《割書:おほせらる 氏真ゆかりに つきて北条を たのみ小田原におちゆきたまひ|しかは 武蔵の品川と いふ所に おかれ品川殿と申せしか北条の力にて》
《割書:本国をとりかへされん事もかなひかたく 徳川殿の御なさけにてことし牧野|の城にむかへられ 山東の地半をまいらせられしほとにまつ本国に かへる》
《割書:事をは得られたり 此後武田ほろび 徳川殿 駿河の国をわかち たまひ|氏真へ地をたまふへしと 議せられしを信長聞給ひかゝる不覚の人に》
《割書:駿河の地あたへ給はん事詮なきはからひかなさほと無用の地ならんには|信長かかたへたまはるへしといかりたまひしかは 徳川殿もちから及はせ》
《割書:給はすしてその|事やみしと也》同き七年九月北条の氏政と同しく武田の四郎
攻らるへしとて掛川の城にうち出給ふ四郎駿河にむかひしかは
徳川殿帰らせ給ひしに康親後陣を承る八年望宗の城の辺
にて御方の後陣朝比奈駿河守か勢と戦ふに康親とつて
返し戦ひ三浦兵部少輔をうちとる《割書:康親郎等岡田|竹右ヱ門うちし也》同き十年の
【左丁】
春常陸国笠間の城を給ふ《割書:三万|石》同き七年五月佐竹 秋田に
うつされし時 康重等水戸の城請取て 軍兵をとゝめ守らせ
て其身は笠間の城にかへる 佐竹重代の家の子郎等爰かし
こに落残りたる輩謀反して水戸の城を襲はんとす康重か
くと聞しかは鞭鞍をあはせて 駈向ふ七月十日の夜逆徒既に
外城に攻入らんとせし所を散々に打破り謀反の 張本せし
輩所々にて誅せらる同き十三年の秋大御所仰けるは丹波の
国笹山の地は山陰の諸国鎮むへき要害也もとの城修し築て
守らすへしとて西海南海両道の諸大名に課せ築かれて
康重に賜ける《割書:五万|石》大坂前後の戦には別の仰を奉りて亀山の