翻刻
【右丁】
の多勢をうち破る是よりして後数度の 軍功をあら
はしつゐに二心を存せす清貞か男孫九郎 家貞父
祖につきて是も弾正左衛門とそ申ける長篠の戦ひに
酒井左衛門尉 家次等と鳶の巣の要害をせめ落し
天正六年より此かた譜第の御家人等と輪番して牧野
の城を守る武田すてにほろびし時 甲斐国にむかひ
たまふ時駿河国江尻の城にとゝまつて北条か勢を防
き小田原の城せめられし時先陣うつて攻入りことし関東
に移り給ひし時下総国生実の地を給ひ《割書:二千|石》慶長二年
弾正左衛門家貞四十三歳にして卒《割書:ス》《割書:関ヶ原の戦をしるせる書|に家貞 徳川殿の御馬の》
【左丁】
《割書:前にありて諸軍の下知をすこれ権の武者奉行の はしめと云々|家忠日記には慶長二年に家貞卒すと のせたり 家忠か子息》
《割書:孫九郎 忠貞か 関ヶ原の たゝかひありし 明るとしに 廿歳に|て卒すといふこの人いまたとしわかし武者 奉行たらん事おほつ》
《割書:かなし不審|の事なり》同しき六年五月廿五日嫡子 孫九郎忠貞卒《割書:ス》
とし廿歳とそ聞へし二男孫六郎正貞 家を継て
のち若狭守に 任す去し慶長十五年関ヶ原の戦ひ
には大御所に随ひ奉り近江国 佐和山の城落て後
石川長門守康通同名 紀伊守信政と おなじく
行向つて城をそ請取ける《割書:是も不審也 此時先の忠貞いまた世に|ありたゝし陣代としてむかひしにや》
そのゝち安房国にして所領を給るいくほとなくて 卒
したり 《割書:安房の里見ほろびしのち成へしそのとし 大坂の兵|おこりぬ此時正貞卒せしと みゆ 安房にうつりて》