伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(四・下) - 翻刻

藩翰譜(四・下) - ページ 32

ページ: 32

翻刻

【右丁】 の多勢をうち破る是よりして後数度の 軍功をあら はしつゐに二心を存せす清貞か男孫九郎 家貞父 祖につきて是も弾正左衛門とそ申ける長篠の戦ひに 酒井左衛門尉 家次等と鳶の巣の要害をせめ落し 天正六年より此かた譜第の御家人等と輪番して牧野 の城を守る武田すてにほろびし時 甲斐国にむかひ たまふ時駿河国江尻の城にとゝまつて北条か勢を防 き小田原の城せめられし時先陣うつて攻入りことし関東 に移り給ひし時下総国生実の地を給ひ《割書:二千|石》慶長二年 弾正左衛門家貞四十三歳にして卒《割書:ス》《割書:関ヶ原の戦をしるせる書|に家貞 徳川殿の御馬の》 【左丁】 《割書:前にありて諸軍の下知をすこれ権の武者奉行の はしめと云々|家忠日記には慶長二年に家貞卒すと のせたり 家忠か子息》 《割書:孫九郎 忠貞か 関ヶ原の たゝかひありし 明るとしに 廿歳に|て卒すといふこの人いまたとしわかし武者 奉行たらん事おほつ》 《割書:かなし不審|の事なり》同しき六年五月廿五日嫡子 孫九郎忠貞卒《割書:ス》 とし廿歳とそ聞へし二男孫六郎正貞 家を継て のち若狭守に 任す去し慶長十五年関ヶ原の戦ひ には大御所に随ひ奉り近江国 佐和山の城落て後 石川長門守康通同名 紀伊守信政と おなじく 行向つて城をそ請取ける《割書:是も不審也 此時先の忠貞いまた世に|ありたゝし陣代としてむかひしにや》 そのゝち安房国にして所領を給るいくほとなくて 卒 したり 《割書:安房の里見ほろびしのち成へしそのとし 大坂の兵|おこりぬ此時正貞卒せしと みゆ 安房にうつりて》