翻刻
【右丁】
賜ひ《割書:二万五|千石》延宝六年八月十六日致仕入道して宗是と号す
嫡子左京亮頼長早世して二男伊予守頼隆につきとせり
頼隆はしめ二男なれは別に将軍に召つかはれ寛文十三年
四月九日御扈従組の番頭と成て延宝六年の六月に至り
そのゝち父のゆづりを請く
【左丁】
高木
主水正源正次先祖遠く只多田新発意満仲の後高木判官代
信光に出ッ其後あるひは尾張国にありあるひは三河国にある
中頃の先祖足利殿にしたかひ《割書:尊氏将軍|の時といふ》都に入て戦功をあらはし
けれは勧賞として 末行の御太刀 をたまひ我家の珍宝
としてなかく嫡流の子孫につたへける 《割書:高木の惣領 弥次郎某|といひしもの 三河国》
《割書:碧海の郡 竹村に住す 慶長のはしめに死して|よつきたえぬれは 系図等も 紛失すといふ》正次の父主水清秀《割書:初|の》
《割書:名は善|三【ママ】郎》三河国碧海郡牧内の住人六郎左衛門尉定光か子
水野殿の家につかへ《割書:下野守|信元》尾張国知多郡小川にあり
清秀生年十六歳にして三河国刈屋の戦に 功名をきはめ