伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(四・下) - 翻刻

藩翰譜(四・下) - ページ 6

ページ: 6

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【右丁】 《割書:弾正忠憲光その子左近尉政光これより田原二連木当家の戸田|わかれたり田原は弾正少弼康光なり二連木は主殿助光成なり》 《割書:宗光 上洛せり 寛正六年より徳川殿とられ給ひし天文十六年|に至て凡八十三年 宗光か 上洛の時たとへ十六七歳也とも既に》 《割書:百年に及へり 宗光か子とりまいらせしといふ事はなきこと也|大抵廿年をもつて一世として見る時は徳川殿をとりまいらせしは》 《割書:弾正少弼康光か時にあたるべし 殊に 少弼といひしは康光|か事也かれは 大久保伊束か記 創業記の考異等の実記にあふ》 《割書:様此事の始末をつまひらかに しるすに 伊束か記にしくはなし|少弼康光さるにうたかふべからさる事に似たり 政光といふ説は》 《割書:めつらしく又遠からぬにや 左近尉政光は康光か父と見へし|されと政光を弾正といひし事は見へす又徳川殿をとりまいら》 《割書:せしは弾正と見へし書は多けれとも左近尉とはなしたゞし左近|尉家をつきし後より弾正少弼といひしも しらず庄左衛門は》 《割書:康光の弟にて家をつきしといひ伝へし也|この人すなわち田原の戸田の祖なり》某か子丹波守のちに 戸田入道全香と名のつて二連木にあり《割書:名系図|にみへす》その子 主殿助《割書:名系図には見へす|ある説光成といふ》主殿助男子なかりしかは舎弟弾正か 【左丁】 《割書:系図にはこの弾正すなはち主殿助か子たるよしに見ゆ初は甚平と|いふ法名は常慶と云々 されとも 主殿助か弟たるよし諸説皆同し》 《割書:くはしくは下に|注し訖ぬ》男をもつて嗣とすこれ丹波守 康長也はしめ 丹波守 二連木の城に 在て今川に 属す氏真の家亡ん として日々に国人等か心も計りかたくなりし程に永禄七年 に至て小原肥前守をして吉田の城を守らせ《割書:吉田は昔|の今橋也》当国の 人質を納らる丹波守も 質として 我母をまいらすされと 徳川殿に属せしによつて廿年九月十三日母を盗出して 徳川殿にまいらせけれは御感なゝめならす終に御家号を 給て松平を名乗《割書:徳川殿にしたかひし戸田又諸説まち〳〵也大久保か|物語に戸田因幡守か母をぬすめるありさまをくはしく》 《割書:のせ此賞に御家号を給てそのゝち松平因幡守といひしとある創業記考異には二連|木の戸田丹波のちに松平氏を給ふとのせたまへり御年譜またこゝに》