翻刻
【右帖】
留りて関東を鎮なは我はまつ上方に向て戦んと思ふは
いかにと仰けれは守殿御気色あしう成て秀康いかて御後に
残り候へき只いづく迄も御先をこそかけ候へけれと宣へは
上方の軍勢は皆国々の集り勢 何十万騎ありとて
何ほどの事有へき抑上杉家は累代坂東の大将にて
中にも故輝虎入道か時に至り弓矢とつて天下に
肩をならふるものすくなかりきされは其子として景勝
又幼弱のむかしより軍の中に成長し年既にふけぬ
当時かれに向てたやすく軍せん者多からすあつはれ
おことか為にはよき敵海道に向ひ打こみの軍せんよりおこと
【左帖】
一人こゝにとゝまつて軍したらんはかつは弓矢取ての面目
何事の孝行か是にすくへきと仰けれはやゝあつて守殿
軍は必勢の多少によらぬと承る上方の大将も名を得たる
輩すくなからす勢の程も又さこそ多からめ秀康いまた
軍にはならはねとも景勝壱人か勢と戦んに何ほとの
事かあるへきあはれ大将をたに御ゆるしあらんに此処にや
とゝまり候へきとのたまひしかは正信聞もあへすいみしうも
仰候ものかな関東を鎮めたまはんには大将まいらせたまはん
事仰にやおよふへきと申しけれは徳川殿よに御嬉しけ
にてしきりに御涙をなかされみつから御鎧一領取