伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(一) - 翻刻

藩翰譜(一) - ページ 46

ページ: 46

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【右帖】 弓木左衛門腹切て死す寄手討るゝ者三十余人上田隼人 竹島周防自害して一族郎等をたすく是は故中納言殿 うせたまひて後宗徒の家人等二ッになりて確執やむ 事なく本多久世弓木牧上田岡部竹島なといふ七人 の家老罪蒙り岡部伊予此由をうつたへんとて関東に 趣く守殿驚きたまひ清水丹後今村掃部して岡部をは 召かへさるされ共互の争論やむ事を得す岡部又牧主殿と 打つれて関東に参る彼いかに思ひけん道より高野山に おもむき入道すこゝにおゐて久世弓木討れ上田竹島腹 切て死す本多伊豆守富正は彼七人の随一なりしかと罪 【左帖】 ゆるされて人質をたまひし上は久世かうつ手の先陣を承りき 此時大御所関東にわたらせたまひしかは閏十月廿日召符 を下され本多清水等関東に召れ十一月廿八日両御所 みつから本多伊豆守清水丹後今村掃部を召決せられ 十二月三日将軍家御裁断あつて清水今村遠流に処せられ 《割書:今村は奥州伊達政宗に預けられ|清水は岩城鳥居左京亮あつかる》かの国務伊豆守富正たすく へきよしを仰下さる十八年の三月うつたへふたゝひ起て家人等 又関東に参る同六月両御所仰けるはかく国中のしつか ならさる事ひとへに三河守か年いまた若かりしか致す所也 今より国務の事富正か沙汰たるへしとて富正か一族