伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 内藤家資料 (1) 2

藩翰譜(一) - 翻刻

藩翰譜(一) - ページ 47

ページ: 47

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【右帖】 本多丹下成重に丸岡の城賜て彼家につけらる《割書:成重は|作左衛門》 《割書:重次か子後に飛騨守に任す|丸岡は今村掃部か領せし地也》十九年の冬大坂の兵起りしかは 守殿北陸道より馳向ひ明る元和元年五月七日の合戦に 真田三宥を始て三千七百五十か首きつてまつさきに 城にせめ入当時勲功の第一にて閏六月十九日従三位参 議になさる勧賞と聞えたり されとも此殿みつから 功のたかきにほこり賞のひきゝを怒て我父大御所の 長子として天下をも譲らるへき身のはつか国一ッを領し 我また其嫡子にて家をつくかゝる大切なく共かほとの官 加階せさらんやとのたまひて日に添てあら〳〵敷振廻の事 【左帖】 多くまし〳〵て大御所かくれさせたまひし後は天下に恐れ憚り たまふ人なく明ても暮ても酒と色とにふけり関東に参らせ られん期至りぬれ共参らん共し給はすおとな共の色々に 諫申によつて力なく国をはたつて道すから鷹狩川逍遥し おもしろき境にては幾日も〳〵逗留し又ある時は俄に病す とて引返し国に帰り少も心に違ふ事あれは男女に かきらすたち所にみつから切て捨たまひしものいくらといふ 数をしらす夫たに有を天下既に弓を袋にし剱【剣】を箱に 納めて世は泰平なりゆけと此国にはやゝもすれは兵革 起つて家の大名等を攻殺されし事度々に及ふ《割書:故中納言|殿の御》