翻刻
【右帖】
本多丹下成重に丸岡の城賜て彼家につけらる《割書:成重は|作左衛門》
《割書:重次か子後に飛騨守に任す|丸岡は今村掃部か領せし地也》十九年の冬大坂の兵起りしかは
守殿北陸道より馳向ひ明る元和元年五月七日の合戦に
真田三宥を始て三千七百五十か首きつてまつさきに
城にせめ入当時勲功の第一にて閏六月十九日従三位参
議になさる勧賞と聞えたり されとも此殿みつから
功のたかきにほこり賞のひきゝを怒て我父大御所の
長子として天下をも譲らるへき身のはつか国一ッを領し
我また其嫡子にて家をつくかゝる大切なく共かほとの官
加階せさらんやとのたまひて日に添てあら〳〵敷振廻の事
【左帖】
多くまし〳〵て大御所かくれさせたまひし後は天下に恐れ憚り
たまふ人なく明ても暮ても酒と色とにふけり関東に参らせ
られん期至りぬれ共参らん共し給はすおとな共の色々に
諫申によつて力なく国をはたつて道すから鷹狩川逍遥し
おもしろき境にては幾日も〳〵逗留し又ある時は俄に病す
とて引返し国に帰り少も心に違ふ事あれは男女に
かきらすたち所にみつから切て捨たまひしものいくらといふ
数をしらす夫たに有を天下既に弓を袋にし剱【剣】を箱に
納めて世は泰平なりゆけと此国にはやゝもすれは兵革
起つて家の大名等を攻殺されし事度々に及ふ《割書:故中納言|殿の御》