翻刻
【右帖】
御長女をむかへ入まいらせられ《割書:十代姫君時に御年|三歳と申なり》御子六人
まつ御嫡子左中将綱誠其次四位少将兼摂津守
義行其次四位少将兼出雲守義則其余は御娘にて
一人は松平安芸守綱長の室一人は有馬中務太輔源
頼之の室一人は織田伊豆守平長通の室也けり
【左帖】
紀伊
大納言源頼宣卿は《割書:はじめは|頼将》大御所第十の御子御童名は
長福丸御年二歳にして慶長八年十一月七日常陸の国
水戸の城を参らせらる《割書:はしめ二十万石慶長九年|五万石の地加へられて二十五万石》同十一年
八月十一日御元服徳川常陸介殿と申従四位下に叙し十四年
十二月十二日駿河遠江両国を賜ひ《割書:五十万石後には遠江|宰相殿と申せし也》大坂
の兵起りし時白旗并に大中黒の幕給り大御所に随て
むかひたまひふたゝひ兵起りしに五月七日先陣すてに
軍はしまると聞たまひもみにもふて馳来らせ給へ
とも軍こと終りしかは大御所の御陣に参り給ひ