翻刻
【右帖】
二男肥後守頼寧を世つきと定めらる
【左帖】
保科
肥後守正光は信濃国の源氏井上掃部助頼秀か末葉
弾正忠正直か男也正直か祖父高井郡の住人保科筑前守
正則《割書:初弾|正忠》父は伊奈郡の住人弾正忠正俊甲斐の武田
大膳大夫入道信玄当国を併せしより彼家の被官と
なつて一生高名およそ三十七度文禄二年に至て
年八十三歳にて卒す《割書:世にいふ鎗弾正これなり正俊|か事甲陽軍鑑に見へたり》其子
弾正忠正直はしめ越前守とそ申ける天正十年の春
織田三位中将信忠卿武田滅さんとて信濃国に発向
あり正直仁科五郎信盛と《割書:勝頼|の弟》伊奈の郡高遠の城