翻刻
につかはして冊封せらるゝ例始れり
《割書:此処闕たり歳代国王何々にとあるなるへし|》
景泰のはしめに代
を継き程もなく山南山北をうちほろほし
《割書:此処また闕たり| 》 《割書:是より流【ママ】球王を中山|王といふ事なり。景泰は》
《割書:大明第五代。英宗の年号にて。本朝後花園院の|宝徳のころ。公方は東山義政の御時なり。此国より》
《割書:継賈【?】はしめて通うも。此|時なり。後に見ゆる》是より三年に
二度中国に遣貢する例は始れり。
《割書:今も此例の如|くなりといふ》王 思達(シタツ)か六代の孫。王永の代
に当りて。日本関白の《割書:秀吉の御事此時|高麗陣あり》
ために其国みたり。王永は程なく卒し
て。其子王 寧(ネイ)代を継き。万暦(バンレキ)三十一
年。その国に使を給はりて冊封あり。