翻刻!江戸の医療と養生

コレクション: コレクション3

救荒便覧 - 翻刻

救荒便覧 - ページ 8

ページ: 8

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安永五より川井小路(かはゐこうぢ)に義倉(ぎさう)を立(たて)此年より儲(たくは)へしめたまひし 斯(かゝ)る御世話(おんせわ)の印(しるし)を以て天明の凶作に餓(うゑ)には及(およ)ばさりし○某侯(それのきみ) 飢民(きみん)のために救(すく)ひ米(こめ)出(いだ)されしに役人(やくにん)の取計(とりはからひ)にて貧民(ひんみん)はかへす 時なければとて身上(しんしやう)よきものへばかりかしたりされば餓莩(いきたふれ)多(おほ) かりしかば領主(りやうしゆ)其(その)姦状(あしきしかた)を聞(き)かれてそれは手廻しなり救(すく)ひにあら ずとて倉(くら)をひらいて自身(じしん)下知(けぢ)して配分(はいぶん)せられしとぞ古人(こじん)飢(うゑ) を救(すく)ふの術(じゆつ)は賢臣(けんしん)を選(えら)ぶを先(さき)とすといへるは是(これ)が為(ため)なるべし ○某侯曰一世の縄紀(さだめ)紊(みだ)れざる時はきゝんといへども飢(うゆ)る民なく 後世/饑饉(ききん)ならずといへども貧民(ひんみん)多(おほ)きは驕(おご)る役人(やくにん)の下に有故(あるゆへ)也(なり) ○或(あるひと)曰一年の穀(こく)を四分一/貯(たくは)へるを法(ほふ)とす今の世にはせめて 十分一貯へて不時(ふじ)の用(よう)に備(そな)ふへし穀の新古(しんこ)年々つみかへ凡三十 万俵ほどづゝたえず貯ふるを法とすべし按(あん)ずるにこれは王制(わうせい) 一三六九の解(かい)なり周南(しうなん)も有_レ解○明暦酉年正月十八日大風/吹(ふ)き さわがしきゆへ或(ある)人/手当(てあて)として米穀多く調(とゝの)へ置(おき)しに江戸中/大火(たいくわ) にて悉(こと〴〵)く焼土(やけつち)と成(なり)にけり江城(こうじやう)始(はじま)りしより初(はじめ)ての事ゆへ死人(しにん)巷(ちまた) に満(みち)米穀(べいこく)商(あきな)ふものなくて諸人(しよにん)大(おほ)きに難義(なんぎ)に及びし時多くの人を