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輩志連ものゝ集りにて扱すあはや事尓成らん
と須る時に酒井備後守聞付て間之障子を押
開き軍場へ仰せ付られし人を呼びて其方事
はそ連程之不覚悟与は何連も存せ須此度之撰
に申上たり大事之御使承りなから彦左衛門
抔と口論甚しかる扁可ら須早く支度有へ
し罷立連よと荒らかに云連誤り候とて則
退出し直に島原へ下りける跡にて備後守忠朝
は彦左衛門に向て其方は老功御役柄与いひ人
之ゆるせば迚云度侭の事斗り申されたり若
者何之功にて武遍せ満じとは誰にも耳に繋る
べし柳鳶之巣之一番乗を其方せられたる
とて自讃をは毎度承る事也其比は十六歳
初陣之高名与申さ連たる慥に覚たるは如何に
若き者高名春ましきと之批判心得難しと静
に云連て流石之彦左衛門も閉口しける故備後
守は奥江入跡にて同僚共に向ひて彦左衛門
申けるは讃岐守が子に油断なら須若け連とも理
屈也恐し〳〵と称美せしと也
落穂集曰《割書:上略》板倉周防守殿ゟ時付之飛