キリシタン関連史料を翻刻

コレクション: コレクション1

切支丹御退治記 49巻. [2] - 翻刻

切支丹御退治記 49巻. [2] - ページ 63

ページ: 63

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 輩志連ものゝ集りにて扱すあはや事尓成らん  と須る時に酒井備後守聞付て間之障子を押  開き軍場へ仰せ付られし人を呼びて其方事  はそ連程之不覚悟与は何連も存せ須此度之撰  に申上たり大事之御使承りなから彦左衛門  抔と口論甚しかる扁可ら須早く支度有へ  し罷立連よと荒らかに云連誤り候とて則  退出し直に島原へ下りける跡にて備後守忠朝  は彦左衛門に向て其方は老功御役柄与いひ人  之ゆるせば迚云度侭の事斗り申されたり若  者何之功にて武遍せ満じとは誰にも耳に繋る  べし柳鳶之巣之一番乗を其方せられたる  とて自讃をは毎度承る事也其比は十六歳  初陣之高名与申さ連たる慥に覚たるは如何に  若き者高名春ましきと之批判心得難しと静  に云連て流石之彦左衛門も閉口しける故備後  守は奥江入跡にて同僚共に向ひて彦左衛門  申けるは讃岐守が子に油断なら須若け連とも理  屈也恐し〳〵と称美せしと也 落穂集曰《割書:上略》板倉周防守殿ゟ時付之飛