翻刻
夜分ハ元船へ帰り寝る最初に此島へ上陸せし時壮年
の夷人壱人海辺に在て漂客を見付各ハ日本人なら
すやと声掛し故如何にも我々ハ日本也其許日本語を
よく通弁せらるゝハ如何なる人に候哉と尋けれハ我ハ日本
高岡の者也各達此所へ来りし上ハ最早日本へ帰る事
成る間敷と申せし故漂客色を失ひ当惑せしが何故
帰朝不叶哉と尋けれバ予ハ拾弐ケ年已前ニ此所へ
漂着していまた帰る事成らざる也此一儀にて可察併し
此里に古老の日本人三人有得と万事尋候得との事也
し故直様此者に随ひ其宿所に至り見れバ□家と
てハ漸膝を入る計りの小家にて狭き家故表の芝
に筵を敷各円座して始終を聞に右四人ハ日本土佐
国高岡郡中の浜と言所の漁師也
一伝蔵 一五右衛門 一虎右衛門 一壮年 万次郎
此内万次郎ハ漂流せし時漸拾壱歳にて幼少成レ共生質才智
ある者故異国舟の加比丹甚た是を愛し自身の子ニ成すべき
積りにてアメリカ本邦へ連帰り五六年の間学文さすけしに
頻る聡明にて読書ハ元より万にさとき者也しが心底の
宜しからぬ者也とて加比丹に見捨られ再此ワフウへ帰り
桶職を習ひて当時此孤島にて桶屋を業として居候由
右四人ハ拾弐ケ年已前釣舟にて漂流し何国かハ知らす
壱ツの無人島へ漂着し
此無人島兼て熊野沖ニ有候島に聞及ビたる鳥島
歟と覚候由
又六月ケ間飯米なく煮物を喰事叶ハす魚を釣て食ひ
諸鳥を叩き落して干物にし是を喰ひ漸飢渇を凌キ
助け船を天地に祈りて待内日数凡百五十日目に
異国舟来掛りし故助命を乞て一同《割書:此異国舟後にアメリカ
船と知れたり》