翻刻
此孤島へ来りしが夫切にて故郷へ可帰方便を知らす此戎国
にて奴僕のごとく役せられ辛苦して暮す内壱人死亡し
残れる所我等四人也先年便りを得て日本地方迄送り
貰ひ或る小島にて是ハ日本所領の島也とておろし
呉候故揚り見れバ草履わらんじの古く切たるが彼なた
此なたに見へたれ共人家ハ無かりし故無拠再度異船に
戻り漸爰迄もどりし也最早我々に於てハ日本へ帰る
事成らすと思ひ定メ此島永住の心ざしに一決し妻を
娶て如此の仕合也近曽此所へ日本熊野の住人善助
と言人摂津国兵庫の船主等と四人連にて来□□が
暫して唐土へ渡り其後また江戸の人と言立派なる
人物三人来り是も無程唐土へ渡りたり此両客我々に
遺言して譬へ我等唐土へ渡り得てももし日本へ帰ること
叶ハぬ時ハ再此所へ来り打連れ倶挊せんと約束
せしが其後今日迄其人の音信を聞す我々は無筆ゆへ
外の者のごとく扱れす唯有て取上ケ呉れる人もなく
口おしき事也五右衛門ハ諸館に薪水の労役□勤メ
虎右衛門伝蔵ハ農夫と成り万次郎ハ諸館或ハ船手へ
雇ハれ壱日に日雇料銀銭三文《割書:此銭壱文ハ日本の銀壱匁
位の割に当り候よし》
貰ひ桶職を業として朝夕身を安くする程のことも□
苦労して生涯を終るべき我々也其許達帰朝致度
存念ならバ助けられし船司へ折入て一向ら頼ミ候得よ
左候ハヽ品ニ寄万々一帰朝の期も有べきか偏屈固執の
島人ハ頼に足らす島主迚も道理を弁へたる人ならねバ
何を歎く共承引く人に非すと始終を具に聞取り
漂客尋て言ハ某ら古郷へ帰る方便を不知□言事
如何此所ゟ何卒便りを得て已前の両客のごとく
支那へ渡りたらバ彼国よりハ年々両度我日本国へ