翻刻
通商有和蘭陀よりも通商の渡海有既ニ熊野の
善助等唐船に送られ先年無事に帰朝せり其許
等唐土阿蘭陀ゟ日本へ通商の渡海有事知らさる哉
と尋けれハ土佐の人手を打て左様の義有し哉我々ハ
無聞無筆の者なれバ夢にも知らすと答漂客又尋
て此島ハ如何なる所成哉と申けれバ土佐の人答て此
所ハ随分宜敷地也年繻伴壱枚有れバ外の
衣服ハいらす食物も我国に格別劣りたる事なしと
言故漂客等怪敷思ひて此僻地の貧島我日本と
さして変りなしとハ如何成事哉其許故郷にも如此芋計り
食ニするや誠に悲しき人々也今日我人の見る処我
神国の芳名強盛世界第一にして五穀豊饒武備
武稽の精練諸製作之良工中々諸外国の及べき
所に非す異国我
国家の神戒を仰き慕ひ礼を厚くして毎度通商を
乞ふに至る此ケ条にても知るべし我等常々聞及世界の
内又と有べからす其内帝号を称する国僅に七ケ
国に過すと聞日本其第一に有て実に万邦に冠
たり三ケの都ハ所様〳〵我紀伊ハ所様〳〵の地□□
我等いまた此僻島のごとく見も聞もせさる所也□一ト通り
申諭けれバ土佐人等初て悟り我ら片田舎に生れて
外を知らす我里在て都有事を知らす明暮に
釣舟を事として朝夕他を見るいとまなく幼少よりいろ
はの假名手本壱ツ習ハす一文不通之明キ盲にて我
国豊饒なることを分境せす今迄帰朝の道有事をも
知らすうか〳〵として暮せしハ意恨也とて故郷を慕ひ
帰国の心ざしを発しけるとそ各説話終て此所を辞し
元船へ帰り加比丹に帰朝の事を一向ら頼ミけれは