翻刻!九州大学の書物たち

コレクション: 漂流記コレクション

亜墨利加漂流記聞 - 翻刻

亜墨利加漂流記聞 - ページ 19

ページ: 19

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 米を喰事なし然してアメリカ人迚も常ニ米を  食する時ハ頭痛し目いたミ足腫れ候由にて一同  米を食せすと也 此島アメリカ人昔年来初メ取締付候後日段々人物 土地闢け候由なれ共いまた此地に年号もなく暦 もなく島人我年さへ知らす島主を除き其外ハ貴 賤と言差別もなく皆平等の農夫にて殊ニ女ハ犬と 寝席を同ふし犬に乳を呑せ或ハ犬の蚤を自分 口にて噛ミ潰し抔して人畜の隔てさへ知らぬ風習也 島長と言者も/暴強(ボウゴウ)無情の/痴僧(チカン)にて人を愛する 事を知らす異国遠境の話しも珍敷と聞心もなく 漂流人在ても撫育し哀憐の志しもなく捨置候由 扨此処に逗留すること凡四十日計りにして其十一月十一日 に唐土へ渡海の便船を得て元船クラツカより 権ニ応接有て漂客五人永々助命の恩を謝し 荷物取調へ元船を辞して便船へ乗移る  此時クラツカより漂流人之所持道具先達而船□  送り候処不残出し呉且膳椀三味線迄戻し候得共  押返して三味線膳椀の類ハ元船へ礼謝ニ□り  由此便船コツペーもアメリカの船也 此時土佐人等も便船を色々頼ミけれ共便船司承引なけ れバ是非に及ばす互に名残を惜しミなから泣〳〵離別 の情をのべ船寄諸共満帆之風に打任せ南に向ひ漁り て数日走て十二月に裸島に船掛りす  ハフウを開帆して支那へ至りし迄の間に鯨数拾本  突き留中候此便船の舟子共漂客へ咄して此度日本  人を乗せし舟ハ何も皆存の外に早く魚油ボールに  成たり迚悦ヒ候由土佐人便船を乞し時何故承引