翻刻
入て漂客え一同に呉候由ニて漂客沢山持返り有り
此裸島に暫時碇泊して直ニ出船し二日走りぬけ
硫黄島え船を止ム
此島にて大サ鳶位之蝙蝠を船子とも打落し候由
此島淡路の内位の小島にて人不住無人之内なり
右手の方に硫黄盛んに燃上り候よし此所にて椰子并
薪等夥敷取入たり椰子ハ多分豕の食料に致候由
爰に大イ成穴を掘豕一疋其儘丸焼にして昼飯ニ
したりしよし
此所開帆して洋中西北ゟ趣き数月ニして翌□
亥年ノ二月上旬
唐土道光三十壱年今年年号替りたれとも忘れ
たりといふ日本の嘉永四年に当る
唐土/広東(カントヲ)/香港(ホンコン)といふ島え着船
此島内地を離るゝ事僅ニ弐里計りニ而恵州湖州は/咫(し)
/尺(せき)の間なりといふ
此/香港(ホンコン)江来りし以来飲食調度日本とて変りたる
事なし但/香港(ホンコン)ゟシヤンハイに滞留せし間は其地
の風習也食事二食也し由/乍浦(テンミシ)え至りてより日本
のことく日に三度ツヽ成しとぞ唐土にてハ貴賤に不
限一同冷飯を不食よし米を毎日三度ツヽ焚て食
余りは豕の餌食に致るよし白粥を売/歩行(アルク)商人
も有よし/香港(ホンコン)え着せし日漂流客日本姿にて上
陸致しけれは諸国の夷人蟻の如く集り漂客を前後
左右ゟ取巻夥敷見物人にて一向歩行出来不申候故
其日は者船え返り翌日ゟアメリカ風ニ而上りけれは見物人
はなかりしとそ此/香港(ホンコン)にてはじめて醤油にて煮