翻刻
返事にハ我国未タ兵乱不治して他を顧るの暇なし
其賊は其国法に行わるべしとの返事故如斯刑罪し
たりし図なりと申候よし
此所の臣商家ニ荒物屋某方諸所の大家筋ニ而饗応
ニ逢七月七日迄逗留翌日此所を辞す
此上海ゟ/乍浦(テンミン)といふ所迄は大川続き川舟にて郡官
同伴漂客五人前従者拾人付添川船弐艘仕立乗舟す
此川沖に至りし時は満々たる大海のことくにて河とハ
更に見えざりし故水を喫して試見しに塩気なく
川水にてありしよし
此/上海(シヤンハイ)え着セし日ゟ県吏所の扶助にて賓客の如く
扱われ殊ニ此舟中にて漂客壱人え従者弐人ツヽ付添
漂客等両便を弁ずる間も従者両側ニ付添離れず候故□
まり気の毒にて難有迷惑に有し由
右七月八日/上海(シヤンハイ)を発して船中無恙同月十三日/乍浦(テンミン)
ニ着役人の指揮に随ひ上陸して甚タ壮麗を極メたる
一ツの館に至れ此家も方弐拾間位の三階造の花美の
家居なり此館の二階ゟ日本人六人出来りて我々ハ日本五
島の住人にて今亥正月此国に漂着セしなりとそ一集
に成り都合此所にて日本人の漂流拾壱人となる
此五島の漂客話しハ略す尤此人は皆無筆の漁師
なり寅吉船の漂人五人は相応に読書する事を甚た
うらやミて各は読書慥かなる故夷人の饗応しも
亦格別なり我々は幼少ゟ魚漁而已して手習せ
されハ字を不知一文字不通の明盲ら故此国え来りし以
来恥をかき当惑せし事度々也と自ら恥悔候
此所にて十一月迄逗留中寅吉等にいろはの假名
手本を乞て一心不乱に手習致候よし