翻刻
間浮きつ沈ミつ/漂(タヾヨ)ふ内八丈島へ流れ近付しが/楫(カヂ)
/艪(ロ)の類なけれバ詮方なく只頻りに物を揚たすけ舟
を乞ひけれ共/暴(アラキ)風東西にもみ合海面昼夜と
なく送浪天を洗ふがごとく/凄(スサマ)まじく有様故地方
にも施すべき方便もなかりしにや只烟りを上ケ候計りニ
有之見帰るうちに吹しきる竪横の大浪大風に吹
流され少しの間に八丈島をも見失ひはらわたを
立計り思へども其甲斐なくひたすら風浪に任せ
数日の間東北の方へと漂ひ流れ二月末にハ糧米
及び飲水尽残りの干鰯抔食料にて水を絶す事
一昼夜に及し事も有之其後者折々の天水にて漸く
/餲(カツ)を/凌(シノ)ぎ何処を当てとハなしに/渺芒(ヘウ〳〵)たる海上を流れ
次第そこはかとなく浪のまに〳〵漂ひしが方角
も弁へす何国の/洋(オキ)とも知れすして遂に三月十二日異
国の船に助られ漂客拾三人必死を遁れ初て安堵
の思ひをなし嬉しさ言はんかたなかりしとそ
爰迄の間毎日飢餲を忍んで昼夜替る〳〵浪水を汲ミ出し
艱難辛苦の中からも舟中水ニ餲へし折節銘々咽を潤さんと
夕暮より茶椀或ハ皿抔思ひ〳〵にやぐらの上に広けて夜
露を受置しに一人り夜半前に密々に皿椀の《見せ消ち:水|露》を呑干し
跡へ/潮(シホ)水を露のごとく一はいづゝ数椀へ入置きそら寝入
して居たりしニ暫して又壱人忍びて皿椀の露を一ツに移して
一と口に■【喫カ】せしに潮水なれハ忽チ吐送し憤怒に絶へす
器を掴んで海へ投込ミひとりのゝしる風情先の壱人りは
何とも言ハす笑ひを忍んて腸もちぎるゝ計おかしかりし
との話しまた異国人の船カヒノ口より黒ン坊の顔を
出せし時ハ黒牛のごとき面をぬつと差出せし時思はす
肝を消したるとの事又右舟へ乗移りし時何国の舟共