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コレクション: 漂流記コレクション

亜墨利加漂流記聞 - 翻刻

亜墨利加漂流記聞 - ページ 6

ページ: 6

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事なれバ聞違ひ書違ひの誤りもまた多かるべく存候然共聊 以蛇足を添し義ハ爰以無御座只漂客言ふ所其情実の違ハ さる様のミ愚文ニ認候義ニ御座候得者必あやしミ玉ふことなくして可也 云々 右助け船ハ北/亜墨利加(アメリカ)州ヌベヽンと云国の鯨船にて凡 二千石積位の漁船也人数三十壱人乗組あり  船人皆残切髪にて面白し服青く身の丈ケ六尺已上筒袖衣  服ニて言葉通せす候故何国の人たることを不弁居たりしが  魯西亜沖にてアメリカ人に助られしと云事後に知れ候由  舟の名ヘノニラ船長の名クラツカと云ふ由此国人色白く  眼黒きを上品とするよし 乗船の上早速漂客へ麦粉の焼餅壱ツ宛配当致やゝ有て 船司図説を披き見せ何方より来たりしと問ふ様子なれども 漂客其図説分らざる故浦賀御切手を見せたるに加比丹分らざる 様子にて磁石を出し何レの方角なりやと問体なれ共其鍼り漂客 不知故此方の磁石を出して見せたるに是亦彼方ニ分らす尚〳〵 言語ハ通せす難儀なりしが日本人と云事彼方ニ推察せしや 日本の図を出して指ビ先にて図の内を押し伊豆肥前薩摩と 日本/語(コトバ)にて国々の名を呼出せし内キノと声在候時則我々紀伊也と 答へけれバ早速合点いたし此キノより江戸都府迄海上三日 半路也と申せし由此船司/温厚(オンコウ)/篤実(トクジユツ)の人にて始終/撫育(ブイク) /哀憐(アイレン)浅からす有しと言尚々言語ハ不通何事も仕方にて問ひ手 真似して答へ兎角して日を経るに随ひ後ニハ自然と少シの 事ハ直に分り候由その亜墨利加の人語漂人聞覚の壱 弐 一日本ヲ ジヤボンネ 一唐土ヲ チヤイネ