翻刻
接迫之地夜人国流鬼の南洋ならんか
此氷海氷山の上にチエヽと云海獣多く遊ひ居たりチエヽ
は馬より大きし此海獣の身并マツカウ鯨の身など
船子共貰ひ候由にて面々持帰り有また去ル嘉永二酉年
我日本紀伊国薗浦へ来りし磯坊主もあまたあり
此磯坊主と云ハ薗浦の人名付たる所にして実の名にハ非す
右海獣近曽日本日高郡同浦へ来りて春ゟ秋の始頃
迄折々川海に遊んて堤に上りしに其姿犬より大きくして
跡足なし前足の永サ五六寸迄水掻き有尻のかたハ
鯰の尾のごとくなりて腹白く背の毛色灰色異風もの
なりしが唯言ともなく磯坊主〳〵と云なせし海獣之事也
本名知れす
又大船位の氷山右往左往に流るゝ所ハ船をかわせて通り
抜け段々遠奥のかたへ入込し節ハ寒気甚敷虎吉等ハ
綿入二枚重ね袷羽折を着て帽子を被き居たりしとそ
此時夜国人皮にて造りたる船へ男女拾人計り乗り来り
元船へ乗移り何そ交易致候由其人物/容貌(ヤウボウ)背イひくゝ
/裘(カハコロモ)を着て頭ハざんぎりにて色黒く女ハ眉の下両方より
八の字形ニ入墨してつまらぬ風俗にてグウ〳〵と云て騒ケ
敷有之候
此グウ〳〵と云事何ぞ呉れと云事らしく相見エ候
船子共戯れて虎吉を指さし是ハ日本の女也と欺き
けれバ夜国の男女日本人の袖広く丈ケ長き衣服着たる
姿を見て実の女と心得しや珍らしき物と思ひし体にて
かの虎吉を取巻き一向放不申候故虎吉是ハ〳〵と
殆と込り止事を得す/睾丸(キンタマ)を出して見せけれバ漸く
得心せし由夜国も細工物ハ相応に出来候て面々木にて
造りたる/烟管(キセル)を持て烟草を呑候由烟草ハアメリカゟ