翻刻
【右丁】
草(くさ)上野(うへの)目黒(めぐろ)亀井戸(かめいど)などへ御歩行(をんほこう)なされ候て最(も)
早(はや)誓言(せいごん)どうり違(たが)ひなく怠(おこた)りなく彼是(かれこれ)五(ご)ヶ月(げつ)
立(たゝ)ざる内(うち)顔色(がんしよく)うるはしく御心持(をんこゝろもち)温和(をんくわ)になり御忿(をんいか)り
亦(また)名聞(めうもん)ヶ間敷(ましき)事(こと)などは跡(あと)かたもなき御様子(をんようす)にて
至(いたつ)ておだやかにならせ御仁愛(ごしんあい)出来(でき)候て御家内(ごかない)一 統(とう)
後家来(ごけらい)末々(すへ〳〵)まで御歓(をんよろこび)かぎりなく御寿命(ごじゆめう)七十
五 才(さい)にて終(をわ)らせ候よし伝承(でんせう)仕(つかまつり)候 誠(まこと)にありがたき御(をん)
志(こゝろざし)の御人体(ごじんたい)にて候 御認(をんしたゝ)め置(をか)れ候 書(しよ)少々(せう〳〵)ばかり拝(はい)
見(けん)いたし内々(ない〳〵)写取(うつしとり)候ゆへ末(すへ)にこれをいだし置(をき)候
八郎(はちろ)兵衛(べい)
【左丁】
一然(しかる)に 私(わたくし)主人(しゆじん)当年(とうねん)四 拾(じう)二 才(さい)にて大切(たいせつ)なる身分(みぶん)に候 所(ところ)
右(にぎ)同様(どうよう)の性分(しようぶん)にて最早(もはや)常病人(じやうひやうにん)に候 依(よつ)て旦那寺(だんなでら)
長老(てうらう)外(ほか)老僧(らうそう)がた又(また)は儒者(じゆしや)博学(はくがく)の方(かた)懇意(こんい)【注】間(あいだ)老(らう)
体(たい)の衆中(しうじう)抔(など)内々(ない〳〵)相 頼(たの)み親類(しんるい)老分(らうぶん)達(たち)は不及申(もうすにおよばず)
種々(しゆ〴〵)手(て)を替(か)へ異見(いけん)を加(くわ)へもらひ候へども元来(ぐわんらい)若(じやく)
年(ねん)より儒学(じゆがく)を好(この)み詩(し)を作(つく)り文章(ぶんせう)をかき人の
しらぬ義(ぎ)など能(よく)ぞんじ居(をり)候 故(ゆへ)か余程(よほど)心持(こゝろもち)高(たか)く
候ゆへ誰(たれ)人の申 義(ぎ)も一向(いつこう)信用(しんよう)いたさず然(しか)れども 身(み)
持(もち)は私(わたくし)ども目(め)にあまり候 事(こと)ども間々(まゝ)有之(これあり)候へども右(みぎ)の
とうりの気性(きせう)ゆへ何(なに)とも致(いたし)かた無之(これなく)然(しか)るに女色(じよしよく)追(をい)
【注 「懇」は「熊」に見える】