翻刻
【右丁】
納(をさ)め一日(いちにち)一 夜(や)食事(しよくじ)もせず居間(いま)にひき籠(こも)り誰人(たれひと)ま
いり候ても対面(たいめん)もいたさず御屋敷(をんやしき)方(かた)御用向(ごようむき)相談(そうたん)
に及(およ)ひ候ても一向(いつこう)うけ返答(へんとう)なく思慮(しりよ)して居(をり)候 様(よう)
子(す)に見(み)へ候ゆへいかゞ也とあんじ機嫌(きげん)を伺(うかゞ)ひ候 所(ところ) 翌(よく)
朝(てう)六ッ過(すぎ)右(みぎ)御写本(ごしやほん)を持(もち)私(わたくし)を膝元(ひさもと)へよび誤(あやまつ)て我(わ)が
非(ひ) 今日(こんにち)はじめて知(し)る その方(ほう)是(これ)まていく度(たび)となく
此方(このほう)身持(みもち)を申 呉(くれ)候 得(へ)ども 此方(このほう)に実意(じつい)なければ
其方(そのほう)実意(じつい)を実意(じつい)とも存(ぞん)ぜず只(たゞ)我(わ)が好(す)く所(ところ)の
みに心(こゝろ)うつり不 行跡(げうせき)こゝろへ違(たが)ひもあらたむる場(ば)
は差(さし)をきいきとうり却(かへつ)て悪行(あくけう)弥(いや)増(ま)す心持(こゝろもち)にな
【左丁】
り其上(そのうへ)二ッ無(な)き命(いのち)の大事(だいじ)も不 孝(かう)の場(ば)も妻子(さいし)の不 便(びん)
も実心(じつしん)にをもわざれば昨日(きのふ)までは耳(みゝ)にいらず候 所(ところ)此(この)御(ご)
教戒(けうかい)拝見(はいけん)いたし誠(まこと)に目覚(めさ)め あり難(がた)き義(ぎ)是(これ)まで
その方(ほう)心(こゝろ)をつくし呉(くれ)候 実意(じつい)今日(こんにち)届(とゞ)き無面目(めんぼくなき)仕(し)
合(やわせ)後悔(こうくわい)いたし候 其方(そのほう)承知(せうち)居(を)り候 通(とうり)若年(じやくねん)の頃(ころ)より
書籍(しよじやく)をこのみ聖賢(せいけん)之(の)仰(をうせ)をかれ候 事(こと)ども自心(じしん)には
会得(へとく)もいたし候 様(よう)覚(おぼ)へ人の読(よま)ざる物(もの)抔(など)よみ亦(また) し
らぬ事(こと)など知(し)り覚(おぼ)へ或(あるひ)は故事(こじ)来歴(らいれき)など聊(いさゝか)存(ぞん)
じ候より何(なに)となく覚(おぼ)へず知(し)らず高慢(こうまん)の心持(こゝろもち)に成(な)り
人を見(み)さげ侮(あなど)る心(こゝろ)より其方(そのほう)など申 義(ぎ)実(じつ)不 実(じつ)の場(ば)