翻刻
【右丁】
のみ致(いた)し日夜(にちや)朝暮(てうぼ)我(わ)が望(のぞ)み好(この)む所(ところ)のみ思慮分(しりよふん)
別(べつ)し家続(かぞく)の義(ぎ)も親(をや)妻子(さいし)も思(おも)はず我儘(わがまゝ)不如法(ふによほう)
のみ増長(ぞうてう)し既(すで)に家名(かめい)一命(いちめい)も絶(ぜつ)せんとする危(あやう)き
場(ば)に臨(のぞ)み候 則(すなはち)別段(べつだん)に演置(いひおき)し如(ごと)く全(まつた)く嫡子(ちやくし)と
出生(しゆつせう)し慈愛(じあい)寵愛(てうあい)に預(あづか)り衣食(いしよく)手具(てぐ)まで不 足(そく)
無(な)し暑(しよ)を避(さ)け寒(かん)をいとひ身行(しんげう)放逸(ほういつ)にし其上(そのうへ)
壮年(じやくねん)より儒学(じゆがく)をこのみいさゝか事(こと)を知(し)り物(もの)を覚(おぼ)
へ詩作(しさく)文章(ぶんせう)抔(など)いたすを学文(がくもん)と心得(こゝろへ)尊(たつと)き上品(じやうひん)の
事(こと)とのみ心得(こゝろへ)て覚(おぼ)へず 知(し)らず 高慢(かうまん)に成(な)り 我(が)
意(い)つよく只(たゞ)不 学(がく)の者(もの)を愚昧(ぐまい)文盲(もんもう)と見下(みくだ)し取(と)るに
【左丁】
足(た)らず 論(ろん)に及はずと侮(あな)どり身(み)家(いへ)の大事(だいじ)を心付(こゝろつ)け
申 呉(く)るゝは上(うへ)無(な)き深切(しんせつ)成(な)るに其(その)虚実(きよじつ)の弁(わきま)へだになく只(たゞ)我(わが)
一人(ひとり)智(ち)有(あ)る様(よう)存(ぞん)じ心中(しんちう)に聞入(きゝい)る所存(しよぞん)絶(たへ)て無(な)く僧方(そうがた)
学友(がくいう)などは皆(みな)才智(さいち)も是(これ)あると云(い)へども亦(また)其(その)中(なか)には何(いづ)
れ大小(だいせう)私(し)失(しつ)有(あ)れば其(その)失(しつ)を見(み)て信(しん)ずる心(こゝろ)なく我(わ)が
大失(たいしつ)はいさゝか見(み)ず他(た)の小失(せうしつ)を見(み)るは愚昧(ぐまい)の常(つね)にて恥(はぢ)
入(い)る事(こと)ども老拙面目(めんぼく)なき次第(しだい)なり然(しか)るに 八郎兵衛 儀(ぎ)《割書:老拙》
同年にて十一 歳(さい)より出勤(しゆつきん)し無忽(ぶこつ)ながらも実体(じつてい)にて若(じやく)
年より仮初(かりそめ)にも不 実(じつ)成(な)る事(こと)を致(いた)さずいはず万事(ばんじ)
所作(しよさ)皆(みな)篤実(とくじつ)なれば頼母敷(たのもしき)ものとは兼(かね)て心得(こゝろへ)居(い)なが