翻刻
【右丁】
相見(そうけん)し不求自持(ふぐじぢ)の良薬(りやうやく)を得(へ)禅師(ぜんし)の道徳(とうとく)弥(いよ〳〵)尊(たつと)く二
( もとめずみづからもつ)
尊師(そんし)の慈恩(じをん)に依(よつ)て両人(りやうにん)とも危命(きめい)を助(たす)かり過去(くわこ)の妄(もう)
病(びやう)苦悩(くのう)跡(あと)かた無(な)く忘却(ぼうきやく)し朝夕(てうせき)起臥(きぐわ)只(たゞ)その物(もの)にまか
せたくはふ一物(いちもつ)なければ寒暑(かんしよ)を覚(おぼ)へす衣食住(いしよくぢう)の美(び)
悪(あく)をしらず貴賤(きせん)貧富(ひんふく)も忘(わす)れ善悪(ぜんあく)邪正(じやせう)の分別(ふんべつ)
せざれば苦楽(くらく)もなく自由自在(じゆうじざい)なり一大事(いちだいじ)真(しん)の養(よう)
生(ぜう)是(これ)なり当巳(とうみ)七十八才なれば最(も)はや明日(めうにち)もはかり
がたければ子孫(しそん)の為(ため)且(かつ)世人(せじん)真(しん)の養生(ようぜう)心得(こゝろへ)の端(はし)にもや
と幼稚(ようち)より中年(ちうねん)妄病(もふびやう)中老(ちうらう)屈(くつ)せし当時(とうじ)までの始(し)
末(まつ)そこはかとなく有体(ありてい)書残(かきのこ)し置(を)く事(こと)也 諺(ことわざ)に
【左丁】
恥(はじ)を云(い)はねば理(り)が聞(きこ)へぬと云(い)へり《割書:老拙》前段(ぜんだん)の通(とう)り
若年(じやくねん)より年来(ねんらい)書見(しよけん)し自身(じしん)には古今(ここん)事理(じり)余程(よほど)
発明(はつめい)し人(ひと)にも越(こ)へたる高上(かうじやう)の根性(こんじやう)なれば他人(たにん)の深(しん)
切(せつ)実義(じつぎ)も耳(みゝ)にいらず飽(あく)まで不 心行(しんげう)不 孝(こう)の段々(だん〳〵)論(ろん)に
及(およ)ばざるに愚昧(ぐまい)文盲(もんもう)の八郎兵衛 数度(すど)の忠実(ちうじつ)風(ふ)と心耳(しんに)
に入(い)り我(わ)が非(ひ)我(わ)が恥辱(ちじよく)を知(し)るより不 孝(こう)不 義(ぎ)の汚(を)
名(めい)を濯(そゝ)ぎ九死(きうし)一 生(せう)の危命(きめい)を助(たす)かり主従(しう〴〵)父子(ふし)夫婦(ふうふ)
一 和(くわ)し相続(そうぞく)して斯(かく)寿(じゆ)を保(たも)つも 八郎兵衛 徳義(とくぎ)成(な)れ
ば皆(みな)能(よく)感得(かんとく)し発明(はつめい)あるべし聖人(せいじん)も書(しよ)は言(こと)を尽(つく)さ
ず言(こと)は心(こゝろ)をつくさずと世間(せけん)志学之徒(しがくのと)我等(われら)如(ごと)
( こころざしあるともがら)