翻刻
【右丁】
越(こ)へ我(われ)達徳(たつとく)足(た)れるやうおもへる有(あ)り 是(これ)を一盲衆盲(いちもうしうもう)
を引(ひく)【注1】とや云(い)ふべき修多羅(しゆだら)の教(をしへ)は月(つき)をさす指(ゆび)祖(そ)
師(し)の言句(ごんく)は門をたゝく瓦(かはら)也 然(しか)れどもいまだ月(つき)を見(み)
ざれば指(ゆび)に依(よ)らでいかで月(つき)を見(み)む哉(や)いまだ心門(しんもん)開(ひら)
かざれば瓦(かはら)もうたでや有(ある)べき聞人(きくひと)是(これ)を信(しん)ずる
も又(また)不信(ふしん)の者(もの)也 師弟(してい)共(とも)信実(しんじつ)無(な)し古人(こじんの)云(いわく)師(し)たる
人(もの)真実(しんじつ)為人(いじん)の者(もの)無(な)しと師(し)は針(はり)の如(ごと)くなればいさ
さかも邪(じや)路(ろ)に向(む)けば衆弟(しうてい)皆(みな)踏(ふ)みまよふ「源氏(げんじ)
巻中(くはんちう)に。法(のり)の路(ぢ)と尋(たづぬ)る道(みち)をしるべにて思(おも)はぬ
山(やま)に踏(ふ)み迷(まよ)ふかな。《割書:老拙》四十 余歳(よさい)の頃(ころ)まで
【左丁】
儒学(じゆがく)を好(この)み聖人(せいじん)の道(みち)は天下国家(てんかこくか)を平治(へいじ)する実(じつ)
教(けう)にて大道(たいどう)也 仏道(ぶつどう)は悉(こと〴〵)く空言(くうげん)方便(ほうべん)にて論(ろん)に不(およば)
及(ず)三 丗(ぜ)【注2】を立てゝ迷妄(めいもう)苦患(くげん)を明(あき)らめさせむとの愚(ぐ)
知(ち)妄昧(もふまい)の者(もの)ども教化(けうげ)する所(ところ)の逕(こみち)にして 儒(じゆ)に比(ひ)す
れば論(ろん)ずるに足(た)らずとのみ心得(こゝろへ)仏意(ぶつい)教意(けうい)尋(たづ)ね
問(と)ふ所存(しよぞん)もなく打過(うちすぎ)ぬこそ後悔(こうくわい)致事(いたすこと)也 神儒(しんじゆ)仏(ぶつ)
老(らう)荘(そう)武道(ぶどう)哥道(かどう)百家(ひやくか)衆技(しうぎ)皆(みな)是(これ)人(ひと)をして銘々(めい〳〵)
具足(ぐそく)の信(しん)を得(へ)させむとの道教(どうけう)にして勝劣(しやうれつ)論(ろん)ず
( そなはる)
る場(ば)に非(あら)ず或(ある)ひは弓馬(きうば)剣鎗(けんそう)茶(ちや)花(はな)蹴鞠(まり)数多(あまた)
( ゆみむま つるきやり)
の諸芸道(しよげいどう)皆(みな)無念(むねん)の心地(しんち)に至(いた)らしめむ為(ため)也 術者(じゆつしやの)云(いはく)
【注1 一人の盲人が大勢の盲人を導く】
【注2 三世 人生三十年との考え】