翻刻
【右丁】
芸(げい)の極意(ごくい)に至(いた)り無(む)妙の妙旨(めうし)を得(う)ると学(がく)不 学(がく) 智(ち)
愚(ぐ)利鈍(りどん)も忘却(ぼうきやく)して只(たゞ)いまだ自心(じしん)発明(はつめい)せざるを念(ねん)
として暫時(ざんじ)懈怠(けだい)すべからず心性(しんせい)もとより清浄(せいぢやう)に
して赤肉(せきにく)の中(うち)に有(あり)と云へども染汚(ぜんを)する事(こと)無(な)く本(ほん)
来(らい)清浄(せいじやう)にして飢(うゆ)る事(こと)無(な)く渇(かつ)する事(こと)なく寒熱(かんねつ)
( かわく)
無(な)く病(ひま)【ママ】ひ無(な)く恩愛(をんあい)なく眷属(けんぞく)なく善悪(ぜんあく)無く本(ほん)
来(らい)一物(いちもつ)なき也 只(たゞ)色身(しきしん)有(あ)りとおもふに依(よ)りて飢渇(きかつ)
寒熱(かんねつ)種々(しゆ〴〵)の病(やま)ひあり此(この)色身(しきしん)本来(ほんらい)空(くう)也と知得(ちとく)
( さとる)
すれば時々(じゝ)に貪着(とんぢゃく)の心(こゝろ)は有(あ)るべからず 是(これ)世間(せけん)我(われ)
人 養生(よふぜう)の根元(こんげん)也 江月照松風吹永夜清宵何所為(こうげつてりせうふうふくゑいやのせいしやうなにのしよゐぞ)【注1】
【左丁】
道志(どうし)之(の)者(もの)へ物語(ものがたり)《割書:付》問答(もんどう)
二 尊師(そんし)の導書(どうしよ)何某公(なにかしこう)御遺書(ごゆいしよ)《割書:老拙》書記(しよき)之(の)類(るい)皆(みな)
信(しん)の一 字(じ)のみ他事(たじ)無(なけ)ればた只々(たゞ〳〵)心眼(しんがん)を以(もつて)熟読(じゆくとく)有(あ)る
べく人間(にんけん)万事塞翁(ばんじさいをう)が馬(むま)皆(みな)人(ひと)足(た)る事(こと)を知(しれ)との
義(ぎ)なり足(た)る事(こと)を知(し)るは真(しん)之(の)養生(よふじやう)にて寿(じゆ)を保(たも)
つの良薬(りやうやく)なり侍坐(じざ)の者(もの)問(と)ひけるは
問 寿(じゆ)をたもたん為(ため)足(た)る事(こと)を得(へ)むとする哉(や)
答 経書(けいしよ)に云(いはく)殀(よう)【注2】寿(じゆ)うたがはず身(み)を脩(をさめ)て命(めい)を俟(まつ)と
命(めい)は天(てん)にあり我(わ)が知(し)る所(ところ)に非(あら)ず足(た)る事(こと)を知(しつ)て殀(よう)
寿(じゆ)うたがはざれば自(をのつ)から寿(じゆ)在其中(そのなかにあり)
【注1 禅語 大河を月が照らし松が風になびく 何のためか、深く考えず感動するだけでよい】
【注2 殀 わかじに】