翻刻
【右丁】
所存(しよぞん)も無(な)く何(なん)の思慮分別(しりよふんっべつ)なければ心中(しんちう)煩(わづら)ひ無(な)し故(ゆへ)に
長寿(てうじゆ)の者(もの)多(をう)し養生(よふじやう)は年月(としつき)日々(ひゞ)二六 時中(じちう)に有(あ)り病(やむ)
時(とき)に臨(のぞ)み良医(りやうい)名薬(めうやく)を求(もと)めむとするは戦(たゝか)ひに臨(のぞ)み戈(ほこ)を
鋳(い)るが如(ごと)く《振り仮名:不_レ晩哉|をそからずや》必死(ひつし)定業(ぢゃうごふ)は神仏(しんぶつ)も救(すく)ひたまはず
耆婆(ぎば)【注1】が主剤(しゆざい)も老(おひ)を留(とゞ)むる術(じゆつ)なく 扁鵲(へんじゃく)【注2】が薬(くすり)も死(し)
を助(たす)くる徳(とく)なし生死(せうし)医薬(いやく)の及(およ)ぶ所(ところ)に非(あら)ず
官(くはん)も位(い)も禄(ろく)にも足(た)れる尊(たふと)きや賤(いや)しもおなじ
無常迅速(むじやうじんそく)
( 老少不定すみやか)
一 医道(いどう)は仁術(じんじゆつ)にて家続(かぞく)妻子(さいし)の為(ため)の医業(いげう)に非(あら)ず若(も)し
家続(かぞく)身命(しんめい)の為(ため)にせば職分(しよくぶん)にして医(い)にあらず今世(こんぜ)医(い)
【左丁】
師(し)まれなり医(い)は意(い)也 心智(しんち)を開(ひら)き自己(じこ)の妄病(もふびやう)を退(たい)
( こゝろ)
治(じ)し世間(せけん)の苦病(くびやう)をすくひ国病(こくびやう)を治(じ)せずんば医(い)と云(い)
ふべからず故(ゆへ)に明医(めいい)は未病(みびやう)を治(をさ)む已(い)病(びやう)を治(をさ)めず
( やまず) ( やむ)
病時(やむとき)に臨(のぞ)み鍼灸(しんきう)薬(やく)を以(もつて)治(じ)せむとす是(これ)を名号(なつけ)て
庸医(ようい)と云ふ救(すく)ふ事(こと)あたはずと宣(のたま)へり先(ま)づ病者(びやうじや)の
( やぶいしや)
病症(びやうせう)を分明(ふんめい)に見分(みわく)る事(こと)第一(だいいち)也 是(これ)を分明(ふんめい)に見(み)むと
( あきらか)
思(おも)はゞ各々(をの〳〵)医家(いか)重宝(てうほう)の一ッの金木(きんぼく)あり是(これ)を得(う)べし
是(これ)を得(う)る時(とき)は諸病(しよびやう)悉(こと〴〵)く移(うつ)り病症(びやうせう)明白(めいはく)に見分(みわく)る
事(こと)日中(につちう)に黒白(こくびやく)を見分(みわく)が如(こと)し是(これ)医道(いどう)之(の)要術(ようじゆつ)也 実(じつ)
( くろしろ)
々(〳〵)是(これ)を得(へ)むと思(おも)はゞ金匱(きんき)傷寒論(せうかんろん)【注3】等(とふ)都(すべ)て仲景(ちうけひ)【注4】の
【注1】古代インドの名医
【注2】耆婆と並ぶ中国医学の祖
【注3】金匱要略、傷寒論ともに古典医学書
【注4】中国後漢末期 張仲景 医聖と称される