翻刻
訳境相立候迄ハ御林ニ御定置被成候間木立
之内江少も手指申間敷候旨被 仰付御尤ニ
奉存候然上ハ東ハ芝山久保通り西ハ門右衛門
持分迄境之埒明不申候内ハ持主たり共少茂
手指申候ハヽ被 仰上何分之曲事ニも可被
仰付候其時分茂御恨申上間敷候為後日
名主組頭并長百姓持主山守連判証文
中条村
享保元年《割書:甲ノ》十月丗日 山守 所兵衛
同 源太郎
同 門右衛門
同 孫左衛門
同 文左衛門
名主 源五右衛門
組頭 杢之助
現代語訳
詮議境が相立つまでは御林に御定め置かれますので、木立の内へ少しも手を指し申してはならない旨を仰せ付けられ、御もっともに存じ奉ります。然る上は、東は芝山久保通り、西は門右衛門持分まで、境の埒が明らかでない内は、持主たりとも少しも手を指し申した場合には、仰せ上げられ何分の曲事にも仰せ付けられ候、その時分も御恨み申し上げ間敷候。後日のため、名主組頭並びに長百姓持主山守連判証文
享保元年(甲の)十月三十日 中条村
山守 所兵衛
同 源太郎
同 門右衛門
同 孫左衛門
同 文左衛門
名主 源五右衛門
組頭 杢之助