伊那市×みんなで翻刻

コレクション: 池上家資料 (1) 1

壹番・御布告一式 - 翻刻

壹番・御布告一式 - ページ 22

ページ: 22

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【右丁】  尤奉公取続候者証文可相改事  壬申十月二日    大政官 今般運輸便利之為中牛馬会社【注】 取立候ニ付而は明和度已来旧幕府ニ而 裁件相成候規則其外中牛馬士仲間 組合ヲ立置候義等総而相廃し来ル 十一月朔日ゟ信濃国管内一般中牛馬 取持之者当分別紙表面之通賃銭 【左丁】 請取諸荷運送可為勝手次第事 中牛馬は別紙区分之通松本町倉科 七郎宅外七ケ所ニおゐて鑑札相渡候筈ニ 候条来月晦日迄ニ同所へ罷出可請之事   但爾後諸荷物宿ニ附通し候共   口銭等一切差出不及候事 右之外会社規則等始巨細之義ハ不可相達 候而違背無之様可相心得此旨相達候事 【注 江戸時代初期ごろより信濃地方で農民が自己の物品(米・薪等)を城下町などに運んで売ることが行われ手馬(てうま)と呼ばれていたが、次第に専業化しその帰途、生活必需品の塩・魚・綿などを買い付けて戻るようになり、元禄年間には中馬(ちゅうま)と呼ばれるようになった。明治初年、中馬稼ぎの者が、岡船の牛方を加えて「中牛馬(ちゅうぎゅうば)会社を組織した運輸会社のこと。】